乱視矯正眼内レンズを使用した白内障手術:2012年の成績

乱視には、白内障による水晶体の屈折変化に起因する「水晶体乱視」、角膜(くろめ)の形状に起因する「角膜乱視」などがあります。それらが干渉しあって眼球全体の乱視「全乱視」を成しているのです。

通常の眼内レンズを使った白内障手術(水晶体再建術)でも水晶体乱視は取り除くことは可能で、良好な視力を得ることができます。しかし、もともと角膜乱視が強い患者さんの中には、術後も乱視が多く残ってしまうために眼鏡をかけた視力(矯正視力)は改善したものの、眼鏡なしでの視力(裸眼視力)が伸び悩む方がいらっしゃいました。

これまでも、角膜に切開を追加することなどによって、角膜乱視を軽減させ白内障手術後の乱視を軽くする方法などがありましたが、2009年に乱視矯正が可能な眼内レンズ(トーリック眼内レンズ)の使用が可能になりました。私も2009年よりトーリックレンズを使用しその裸眼視力の改善効果を実感していましたので、せき眼科医院でも2012年からトーリックレンズを使用開始しました。

この乱視矯正用の眼内レンズ(トーリック眼内レンズ)は、患者さんの眼にもともとある角膜乱視(角膜のカーブが方向によって異なることに起因)を打ち消すことによって、眼全体の乱視(全乱視)を軽減するものです。トーリック眼内レンズを用いた白内障手術では角膜乱視自体は残したままにも関わらず、眼の中に入れたトーリック眼内レンズの作用で角膜乱視を相殺するというのが特徴です。ソフトウェア上で計算し出力された角度にキッチリあわせて眼内レンズを挿入することに気をつければ(下図)、手術の方法は通常の白内障の手術とほとんどかわりません(費用は通常の白内障手術と同じです)。

Toric IOL placement example

しかし、乱視と一言で言っても、正乱視や不正乱視、直乱視や倒乱視、などと細かく分類されていて、必ずしも全ての乱視について乱視矯正眼内レンズ(トーリック眼内レンズ)が適応になるわけではありません。また、もともと眼鏡に慣れている方ならば眼鏡で調整すればよく見えるので、トーリック眼内レンズを使用する必要は少ないと言えます。当院では、角膜の状態、乱視の程度・種類、他の眼疾患の有無、生活様式など様々な要素を勘案して、患者さんお一人お一人についてトーリック眼内レンズを使用すべきか決定しています。

せき眼科医院では、2012年に10名10眼の方にトーリック眼内レンズを使用し水晶体再建術を施行し、術後3ヶ月以上経過観察を行いましたので手術成績をまとめてみました(症例数が少ないですが)。

数値データはすべて平均 ± 標準誤差で表記し、統計学的検討には対応のあるt検定を用いました。


乱視についての検討

まず、術者としては一番気になる白内障手術前後の乱視を比較してみます。

乱視の単位はジオプター(D)というものを用います。少ないほうが乱視が少なくて良いです。


全乱視:  術前 2.53 ± 0.39 (D) → 術後 0.55 ± 0.14 (D)

Astigmatism column

術後著明に(P=0.0002)改善していることが分かります。図中の線は平均値±95%信頼区間を表しています。

Template for whole astigmatism plots

こちらの図では、個々の症例について、横軸に術前の全乱視・縦軸に術後の全乱視をプロットしています。点線より下のピンクの領域にある場合、術前より術後に乱視が減少しており改善したことを示します。すべての症例で全乱視が改善したことがわかります。80%の症例で全乱視が1(D)未満に減少しました。


角膜乱視: 術前 1.75 ± 0.26(D) → 術後 1.43 ± 0.22 (D)

原理的にはトーリック眼内レンズでは角膜乱視を軽減させませんが、意外なことに角膜乱視もわずかではあるものの有意に(P=0.02)改善していました。手術時の切開位置を工夫している効果と思われます。


視力についての検討

患者さんにとって最も気になるのは、白内障手術前後の視力でしょう。

少数視力をlogMAR視力に変換したのちに解析し、統計学的検討には対応のあるt検定を用いています。


矯正視力: 術前 0.49 ± 0.15 → 術後 1.14 ± 0.29

Template for BCVA

こちらの図では、個々の症例について、横軸に術前の矯正視力・縦軸に術後の矯正視力をプロットしています。点線より上のピンクの領域にある場合、術前より術後の矯正視力良くなり改善していることを示します。いくつかの点同士が重なってしまっていますが、すべての症例で矯正視力が改善したことがわかります。90%の方で1.0以上の矯正視力を得ています。


裸眼視力:  術前 0.25 ± 0.12 → 術後 0.88 ± 0.15

Template for uncorrected VA

いくつかの点同士が重なってしまっていますが、同様にすべての症例で術後に裸眼視力が改善しました。


  • 術前と術後の視力データを統計学的に解析すると、矯正視力・裸眼視力ともに著明に(それぞれP=0.003, P=0.0005)術後に改善していました。

2012年に、せき眼科医院でトーリック眼内レンズを使用した白内障手術後、実に70%の方が1.2以上、80%の方が1.0以上、90%の方が0.8以上の裸眼視力を獲得していました。

裸眼視力1.0を得られなかった患者さんがお二人いらっしゃいました(もちろんお二方とも視力が改善し喜んで下さっています)。

Aさん

裸眼視力:術前 0.15 → 術後 0.7

矯正視力:術前 0.7 → 術後 1.0


Bさん

裸眼視力:術前 0.05 → 術後 0.3

矯正視力:術前 0.1 → 術後 0.9

お二人とも術後の残余全乱視が1.25 (D)ありました。挿入された眼内レンズの角度には問題はなく、不正乱視の評価が今後の課題と考えています。

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